自身の知的財産権に関する考えと態度#1

こんにちは太陽系第三惑星在日宇宙人の原田卓馬です。

今回は私のIP(Intellectual Property)=知的財産権に関する考えを表明してみます。
この話は多分、長くなるから何回かに分けて断続的に論述することになりそうな予感がします。
(既に一週間くらいかけて推敲しつつ、長期戦になることを覚悟した)
(と思ったけども落とし所が見つからなくてクソ長くなったしもはやテーマから逸脱しまくりでわけわからん、でも最後まで読んでくれたらめっちゃ嬉しいぜ)

そもそも著作権てなんなんだよ?

で、著作権に関するコピーライト宣言てあるじゃないですか。

(著作権のことを英語でcopyrightという、しかしおそらく日本語もしくは漢字文化圏において著作に対する権利を保護もしくは主張するための言葉が登場するのは、明治維新以降のことだと推測される。また、キリスト教による検閲の強かったヨーロッパにおいて、個人的な創作物=著作物というのはほとんど存在し得ない。というのも、聖書もしくは教会に準じた神学的なガイドラインに添った従順な二次創作のみが公的な許認可(公的な圧力によって消されることを免れること)を得られたのだとすれば、フランス革命の人権宣言に基づくアメリカ合衆国において個人の権利を守るために誕生したものであろうことは想像に難くない。よって、著作権という言葉は「合衆国の法的概念に則るビジネス用語」と定義してもさほど齟齬はないのではないか?という結論に至るけれどもこれは駄文。)

© 2021 Takuma Harada. All Rights Reserved.

こういう感じのやつ。

子供の頃から身の回りの本とかCDとかに印刷されているのをあたりまえだと思って眺めてきましたが、インターネット時代に突入した2000年代初期に魔法のiランド(今でも愛してる!)とかで自分のホームページ(死語?)を作ったりするようになってから、見様見真似でどっかのサイトからコピペして「©」とか「All Rights Reserved」とかって記載してました。

CDの裏ジャケットとか、Webページの一番下のフッターにコピーライト宣言があるだけで、画面が締まってとりあえずちゃんとしてるっぽくなるじゃないですか。これって「私は意識高い系です」っていう意思表明であると同時に、「正規の著作物(作品)です」っていうドレスコードみたいなもんだと思うんです。

意味はわからないおまじない

でもこういう著作権のコピーライト宣言て、本当に法的な知的財産権を考慮した上で記載してる人っているんですかね?

「なんとなく、とりあえず、みんながやってるから私もついつい・・・」って感じだと思うんですよ。もちろん法律オタクだとか、心ない盗作・転載・悪用で裁判やら泣き寝入りやらの苦い経験から、コピーライト宣言の重要性を明確に説明できる人もいるでしょう。

放棄することにしたんです

「意味はわからないけどご利益のある(らしい)おまじない」を唱え続けるのもなんだか不気味で居心地が悪いこともあって、10年くらい前から天邪鬼を発揮してみることにしたんです。

© 1986-20XX Takuma Harada. All Rights Renounced.

こんな感じに「みんなのお決まりテンプレート」であるところの「All Rights Reserved.」をみだりに無断で改変して、「All Rights Renounced.」と文字ってみました。

 renounce

[動詞]

 (…を)(公式に)放棄する、棄権する、宣誓して捨てる、断つ、捨てる、断念する、縁を切る

 引用元:weblio https://ejje.weblio.jp/ 

このRenounceという単語を選択してみたのには大きく3つの理由があります。

  • (権利などを)「放棄する」というニュアンスがしっくりくる
  • (公式に)という公的なステイトメント=宣言っぽい感じがしっくりくる
  • Reserveと同じReの接頭辞で始まる言葉なのでリズムが良い(記述した際の違和感が少ないのでアホには気づかれにくそう)

いや、だからなんなんだよっていう話ですし、ネイティブチェックも特にしてはいないのですが、わざわざ著作権放棄を謳うための記述って探しても全然見つからなかったので、とりあえずこれでいいかなというところに落ち着きました。

あと、「放棄する」というフレーズについてですが、何が原因でこの文言に値する英単語を探させたのかといえば、有名な平和憲法・戦争放棄の日本国憲法第9条の言い回しにフィーチャーされているような気もします。

「放棄する」という字面が想起させる佇まいがロマンティックでかっこいいんですよ。
太陽に向かって両手を開いて、目も見開いて。世の常をつっぱねて、凛と張り詰めて、ビッと尖って、孤高の、異端的な、裏技的な、ヒロイックな様子ね。日英で併記しておきます。

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.

「放棄する!」つって。なんか表現の強度が強いぜって感じします。

コミック版のナウシカ後半のシュワの墓所で、ナウシカが人工知能の幻に向って「ちがう、いのちは闇の中のまたたく光だ!!」と叫ぶシーンとか思い出します。

憲法ってアートの源泉だよね♪

あと、法律つながりで話はとびますが、日本国憲法前文の「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」っていうフレーズを音読するといつも泣きそうになるんですよね。その理想が実現できていたらもっとみんな生きやすいはずなのになっていう歯痒さも同時に感じるんですが、かっこいい綺麗事です。

かくいう私も作詞する際など本歌取りの引用元としてひいたりしますので、芸術の源泉にもなり得るパンチラインの宝庫とでもいいましょうか、多分に旨味の多いジューシーな日本語フレーズの万華鏡として大変重宝しております。そして憲法って、著作権法第13条によれば著作権フリーの素材集ととらえても問題ないみたいです。

著作権法第13条

 次の各号のいずれかに該当する著作物は、この章の規定による権利の目的となることができない。
 一 憲法その他の法令

音読のコーナー『日本国憲法前文』

ちょっとめんどうくさいですけど声に出して音読してみましょうよ。原田家の母校である三鷹第三小学校では六年生の最後に卒業認定試験「日本国憲法前文暗唱」という課題が立ちはだかるのでした。学校教育制度にはあれこれ異存がある私ですが、この課題を必修のクエストとして(日本国民になりたいなんてひとことも懇願していないのに)「小学校を卒業したということは日本国民の入門編クリア」という秘儀伝承・免許皆伝のプログラムを通過させていることに感謝と面白みを感じています。

はい、それではみなさん一緒に音読しましょう!

日本国憲法前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

はい、音読はいかがでしたか?

般若心経なんかも音読する素材としては素晴らしくって、深呼吸ついでにいい感じのバイブスの文章を音読するのって気持ちいいですよね。「なんか元気なくなってきたな〜」っていう鬱っぽい時ってだいたい呼吸が弱くなっていて、発動し忘れていた「歌う」っていうコマンドを実行することで回復することがしばしば。だからカラオケ行って好きな歌を熱唱するのとか最高に体にいいことだと思うんですけど話がそれました。

専制・隷従・圧迫・偏狭

話は戻って日本憲法前文で「地上から永遠に除去」すべき対象となる「専制・隷従・圧迫・偏狭」という現象とはいったいなんなのか、いつも考えています。暴力とか差別とかよくないな〜って感じで共感ポイントだったりするかも知れませんが、これは自由主義同盟であるところのアメリカをはじめとした西側諸国が、第二次世界大戦を通じてこらしめたかった枢軸国の価値観やイデオロギーのことでしょう。

GHQの指導で策定された日本国憲法なわけですから、第二次世界大戦終結当時の西側諸国が(フランス革命の精神に則って)どうしても除去しかった「専制・隷従・圧迫・偏狭」ってこんなキャラクターなんじゃね?とか思い浮かべたりします。

ナチス

Wikipediaから引用

ファシスト党

Wikipediaから引用

旭日旗

Wikipediaから引用旭日旗

ヴィエト連邦

Wikipediaから引用ソ

並べてみて感じたのはどれもデザインが先鋭的で、貴重な文化資産だなということでした。これらのデザインは「独裁者」とか「恐怖政治」とかの物騒なビジュアルイメージを演出するための手段として映画とか舞台衣装なんかでパロディーに使われ(そして一悶着おこり)ますよね。

特にパンク・ハードコアをはじめとしたカウンターカルチャーの中からこういう毒々しい露悪的なエッセンスを完全に除去しちゃったら、なんだかもの寂しいじゃありませんか。

思想やイデオロギーについて論じるつもりはないのですが、パクらせてもらえる歴史遺産(忘れっぽい人類がまだちゃんと記憶している禍根)があるというのは豊かなことだと私は思います。

現在のドイツでは1979年の反ナチ法(あってる?)によって、公の場での鉤十字(ハーケンクロイツ)の掲示やナチス式敬礼(右手をまっすぐ上げる動作自体が問答無用でダメ)は民衆扇動罪で逮捕されるそうですね。色々タブーがあるっての話に聞いたことはあったけれども、調べてみたら他にも指定されている用語があるようなので後学のためにご紹介。

ドイツで禁じられたナチス用語

ドイツでは、1979年にナチス用語やそれの省略記号、マーク、それらの組み合わせによる標語などの使用が禁止されている。とくにドイツの自動車などに使われる地域の頭文字を利用した表記法では、

 SS : Schutzstaffel/親衛隊
 SA : Sturmabteilung/突撃隊(ナチスの部隊)
 HJ : Hitlerjugend/ヒトラー少年団
 KZ : Konzentlatonslager/強制収容所
 NS : Nationalsozialismus/ナチズム

 といったSS、SA、HJ 、KZ、NS などの表示が、例え地域の頭文字と重なっても使用できない。

引用元:  https://www.jiten.com/dicmi/docs/k20/19946s.htm

ネットで日本語で検索しただけだとこれ以外のまとまった資料が見つからないので、内容に間違いがあったら教えてください。勉強になります。

歴史も思想もアートの源泉だよね

話のついでに大好きな映画『Pink Floyd The Wall』を紹介しておきます。

Pink Floyd The Wall

ピンクフロイドが1979年に発表した二枚組のロックオペラ(コンセプトアルバム)をもとに、1982年に映画化した作品。

ベースボーカルのロジャー・ウォーターズの自叙伝的作品で、テーマは、The Wall=壁。

心の壁、人々を東西に分断する壁、学校教育という洗脳システムによって量産されるレンガ(ロボットのような個人)によって構成される巨大な壁、壁、壁、

なんだかプログレ好きのおっさんだってバレちゃうね、ぺろり!

DVDのジャケットデザインにも印刷されている、隊列を組んで行進していくハンマー(ソ連とか旧東ドイツの共産主義国のモチーフ)のいかめしい不気味な感じを、全く新しいデザインで表現しようとしてもなんのこっちゃわからないでしょう。

赤い腕章をつけて民間人を蹂躙する軍人(ナチス親衛隊)

大衆の大歓声と敬礼で讃えられるカリスマ独裁者(ヒットラー)

貨物列車に詰め込まれてどこかに運ばれる子供たち(強制収容所)

学校で洗脳されてみんな同じのっぺらぼうみたいな仮面の顔になってしまう子供たち。同化政策、人格改造、思想洗脳の対象は、敵国の捕虜や少数民族のみならず自国の子供たちも当然含まれているという事実。

面白いからよかったら観てネ

『Pink Floyd The Wall』の主役的な楽曲の『Another Brick In The Wall』を貼っておきます。

上に貼った『Another Brick In The Wall』の歌詞の好きなフレーズを抜粋すると

We don't need no education
・
・
Hey! Teacher! Leave us kids alone!
・
・
All in all you're just another brick in the wall

反管理教育運動のテーマソングといっても差し支えないでしょう。

特にこのフレーズ

you're just another brick in the wall

日本語にすると「おめーら(俺ら)なんか所詮、壁のレンガのひとつに過ぎない」という感じでしょうかね。
派遣切りやらブラック企業にありがちな、「あなたの変わりはいくらでもいるのよ(喜んでサービス残業しない子は切っちゃうざます!)」

当時の資本主義国(高度経済成長を終えて社会が成熟し、少子高齢化に突入した、閉塞感たっぷりの当時のイギリス)にとって、「洗脳された無個性なロボット人間を大量生産する共産主義の魔の手から、国民の皆さんを守ること!」が命題だったとして、

そのための対策として、「効率よく経済をまわして国力をあげましょう!なので、みなさんにはもっと使いやすい部品になってもらいますよ〜!はい、教育(洗脳)します!」

お〜〜〜〜、ありゃま〜、国や制度が違くても結局やってること一緒じゃねえか〜!!だ。

『Pink Floyd The Wall』との出会いは、当時実家で1ヶ月だけケーブルテレビのお試し契約をしていた時にたまたま放送していたのをウォッチしたことだったのですが、「なんかやばい映像流れてるな〜、めっちゃ面白いじゃんこれ誰なんだろ〜、へ〜ピンクフロイドってこういう感じだったんだ知らんかった〜」というラッキーでした。高校生の時に『原子心母 Atom Heart Mother』を聴いて、かったるい!という感想で手をつけていなかったのでナイスな再会でした。お待たせし過ぎたかもしれません。

んで、しばらく経ってから、どうしてももう一回 The wall が観たい渇望に襲われて、
生まれて初めて、「①新品のDVDを ②アマゾンで ③定価で買う」というコマンドを発動したのでした。

そして、今は亡き吉祥寺バウスシアターでの爆音映画祭で観て、一緒に行った友達の安藤くんはその半年後くらいに死んじゃった。彼は早稲田大学哲学科でサルトルの研究をしていて、統一戦線義勇軍という右翼団体に所属していて、アメリカ大使館にフランス語で書いた抗議文と酢酸の瓶を投擲した科で逮捕されたテロリストで、バイセクシャルで、統合失調症で、そして心優しい天才的な画家だった。

「近現代思想史がよく編集されてるな〜」
とかなんとか言いながら、押し殺したような苦そうな泣きそうなお決まりの顔をしていたのを思い出す。

読後感の余韻が長くて、The Wallのバックグラウンド(ロジャー・ウォーターズの生まれ育った時代背景)を辿るうちに、資本主義と共産主義がどう違うのか、どっちがましなのか、どっちもどっちなのか。マルクス、ヒットラー、スターリン、ムッソリーニは何者だったのか、彼らをオワコン扱いして素通りするべきなのか否か。ああでもないこうでもない思索をめぐらせながらこの作品と共に過ごしたような気がする。日本の学校教育ではほとんどまともに語られることのない近現代史に、にわかではあるけれども触れてみるきっかけになったのでありました。

ソ連も崩壊していないし、ベルリンの壁も破壊されていなかった冷戦当時の人々にとって「独裁者と核戦争の恐怖」は切実なものだったのでしょう。ソ連崩壊の1991年を境にロックミュージックの使命は方向転換を余儀なくされたのではないでしょうか。

そう、著作権の話だ

漫画家のうめざわしゅんさんが「かいぞくたちのいるところ」という作品で、実に巧妙な手口(?)でこういう権利問題を逆手にとった壮大なギャグ(ウィットや叡智と呼ばせて頂きたい)を展開していたのでご紹介させてくださいな。

うめざわしゅん umezawa shun`s website
https://www.umezawashun.com/pirate

うめざわさんの公式サイトで漫画作品を無料配布してるんですね〜
「Share and Spread」という標語もクールでエレガンスを感じます。自作のミーム(摸倣子)を頒布することで情報や思考の枠組みによる自己拡散(人間のOSアップデイト?)を測る感じとかたまらないです。

うめざわしゅん『かいぞくたちのいるところ』(作品PDFを無料でDLできます)
https://282969f6-42c1-4e44-b57d-390527091d8f.filesusr.com/ugd/455547_e9bef7ac6d804f64a972d43d3cb21e10.pdf

面白いからみんなに読んでもらいたいし、これを通じて考えたいろんなことを聞きたいっていうのが主眼なんだけれども、あんまりネタバレしたりしたくないので、とりあえず読んでくださいよ。冒頭のシーンで、小学校の児童達に、いわゆる文部省唱歌のようなものをみだりに歌わせているという罪状で音楽室に特殊部隊が突撃してくるんですが、とりあえず1P読んでもらえたらいもずる式に100P読み終わっちゃうような中毒性のある力作!て感じですがアマゾンからあらすじを引用しますので参考までに。

近未来―――あらゆるものに知的財産権(IP)が発生する世界。
 そこでは人々の知的財産を狙う凶悪な「海賊」と呼ばれるテロリスト集団が跋扈していた。
 そんなIP犯罪者を誰よりも憎むIP刑務所所長の門田(かどた)のもとにある日、ある報せが届く。
 それは彼を思いもしない危険の中へと導いてゆくことになる…
 「海賊」のリーダー"先生”の企みとは…?正義はどちらにあるのか…?
 『パンティストッキングのような空の下』『ユートピアズ』等の著者うめざわしゅんが紡ぐ妄想科学漫画の決定版!
 あなたの常識は覆りパラダイムはシフトする。

一番最後のページでうめざわしゅんによる、Libertyライセンス規約というのが宣言されているのですが、めっちゃエレガントで大好きです。俺もこういうことが宣言してみたかったんです。

ということなので、Libertyライセンス規約の画像を貼り付けたので、これで再配布の条件はクリアのようです。

Ⓛうめざわしゅん

とおまけに明記しますので、うめざわさんのLibertyライセンス規約に準拠しまくってみるぜ!という態度を示してみるのである。

天才・うめざわしゅんを讃える

「みんなも好き勝手に使ってね!」というメッセージと共に無料で拡散される作品、自己増殖プログラムが仕込まれたウイルスのように読者をハッキングして現実社会に拡散していくLibertyライセンスという「権利に対する価値観」。

漫画の枠からはみ出して、実世界の誰かに対して具体的なアクションを投げかける海賊的なテロリスト行為というのもよくできていて、マンガとしても優れて面白い作品ではありますが、「インターネットを使ったメディアアート作品」という枠組みで語られるべき大きな作品という印象です。

えれほん

『かいぞくたちのいるところ』も収録されたうめざわしゅんの作品集。こんなにも機知に富んで、エレガントで、饒舌でシニカルなSF世界を描ける天才マンガ家が同じ時代に活躍していて嬉しい!

複製可能なデジタル作品の価値

2021年時点では、無料でマンガ読み放題の違法サイトとか、Youtubeで勝手にアップされてる曲とかいくらでもあるじゃないですか。
人類の好奇心とテクノロジーの進歩が時代を駆け抜けていき、後から血眼で追っかけてくる法整備のいたちごっこ、という構図は人類が滅びてもなお際限なく繰り返されるものだと思うんです。

私は情報のクラウド化というのが普及してから、データを手元に持っておくことにあまり意味を感じなくなったので、CDも本も全部処分したことがあります(切なかった〜!)。

芸術作品の市場価値というのは、本人のオリジナルなのかコピーの贋作なのかで、大きく変わってしまうことがありますね。そもそも価値ってなんやねんという命題でもありますが。

昨今、映画やアニメのセル画の価格が高騰しているようですね。
ジブリ作品『となりのトトロ』の人気のシーンなんかだと、(売りに出されているものでも)6000万円くらいのお値段で取引されるそうな。デジタル化されて無限に再配布可能な映像作品本体よりも、複製不可能な一点モノのセル画の方が市場価値が高いんです。

原作のセル画は、金の延棒や、美術品、株なんかよりもヒップでナウい投機対象になってきているようです。しかしセル画は光と熱と湿気に弱く、非常にデリケートなモノなので、日本のように高温多湿な亜熱帯地域の一般家庭で管理するのはかなり難しいみたいです。

セル画の保存環境
湿度50%前後、温度18~20℃の環境
=ドライキャビネットやワインセラーが必要

ほとんど生物(ナマモノ?)を飼育するようなもんだね。

オタキング・岡田斗司夫が所有している、映画『風の谷のナウシカ』に登場する王蟲のセル画のゴムマルチ(セル画をゴムでつなぎあわせて関節が手動で動くカラクリ)なんて、国宝よりも国宝級の、仏舎利クラスのおタカラなんじゃないでしょうか。

なんかこの人が嬉しそうに喋ってるの聞いてると嬉しくなっちゃうんですよね。宮崎駿を変態ヘンクツジジイ呼ばわりしてる姿を観ながら、「うおおおおおおおお〜!と♡し♡お♡、お前もアマカケルヘンタイノキワミ〜〜〜〜〜!」って頬擦りしたくなっちゃいます。

とりあえずまとめ

話は紆余曲折と右往左往の混迷を極め、何が云いたいのかわかんねーぜ、ひゅ〜〜〜!というところまで来てしまったのですが、要するにこういうことが云いたかったんだよという本題に入ります。

歌が一番喜ぶのって、誰かに歌われることだと思っています。
誰が作ったんだか知らないし、そんなことどうでもいいけど歌うの楽しくて口ずさんじゃうのって最高じゃないですか。詠み人知らずでも古代から歌い継がれてきた口承の歌なんてゴムゴムの最高ですよ。

日本の和歌の世界では、本歌取りというもともとある歌を引用・改変するオマージュ・パロディー文化がありました。今で云うところのTwitterやTikTokのような全員参加型の大喜利であり、ライセンスビジネスとは縁遠い生粋のストリートカルチャーのプラットフォームだったという認識です。日本のインターネト黎明期から熱斗文化を醸成したひろゆきのおかげ♡(にちゃんねる)で猥雑で陳腐だがものすごくいきいきとして風通しのいい大衆文化が復古されたんだ。

ヒップホップのサンプリングみたい手段も文化人類学的にいえばブリコラージュ、そこらへんにあるアイディアとかガラクタを再利用して工夫するっていう人類究極の遊びだよ。ライセンスビジネス的にいえばほとんど犯罪者だけど。建築における借景(窓から見える外の景色をインテリア的に利用する)って誰かに景観使用ライセンス料を払ってるんですか問題だ。

トランプの大貧民or大富豪ゲーム(どう呼ぶかで出自と身分がばれる?)なんかでローカルルールってたくさんあるじゃないですか。たとえば高校受験の時に通った塾で、隣の中学で独自開発された斬新なルールを取り入れて、そのみんなが進学した高校で歓迎されて採用されたり、もしくはややこしいという理由で廃れたり。

こちとら真剣に遊んでるだけなんだから、てめーも本気で遊べ!って感じなんですよ。
遊びを楽しくするために、新しいルールを提案して実験した誰かがいるだけで、ルールのライセンス使用料を取り立てにくるチンピラみたいな集金集団なんていないんです。

だから、そもそも古代から連綿と続くストリートカルチャーっていうのが人類の娯楽の幹で、ライセンスビジネスっていうのはその枝葉末節の集金活動に過ぎないっていうのが俺の見解です。インターネットのオープンソース・サードパーティー文化って、めっちゃストリートだなって思ってます。「おれ、面白いこと思いついた!勝手に改造してもっと面白くしてくれたら嬉しいな!チャオ!」なんですよ。かっけー義賊でしょ。

いつだか、谷川俊太郎さんの詩の朗読を生で聞く機会があり、淡々と読み上げるだけなのに涙が止まらなくなって、「ああこいつ妖怪だったのか!」みたいに納得したんですけど、なにかこう、目に見えないエネルギーの流れが大地から足の裏を伝わってくるもんだから、なんか泣けちゃったのです。(教科書とか合唱曲とかで、日本生まれ日本育ちだったらなんかしら彼の表現を摂取しているよね)

どういう言い回しだったか曖昧なのですが、「著作権やJASRACやらによる権利保護活動(使用料の集金と再分配)があったおかげで、クソみたいな商品作りに翻弄されず、魂をこめた作品作りに専念することができたので感謝している」っぽいことを云っていたような記憶があって(違ったっらまじごめんなさい)、ライセンスビジネスにも功罪ありなんだな〜と思ったことがあるんです。

公園で集まってみんなで輪になってラップするサイファー文化に自ら参加して熱いエールを送った谷川俊太郎って、めっちゃヒップな辻説法系ストリートファイターの筆頭だといっても差し支えないでしょう。

自分が死んだ後でも、「誰かが聞いてくれる」歌。
自分が死んだ後でも、「誰かが歌ってくれる」歌。

どっちを望むかといえば圧倒的に後者だよ。

二度と聞いてくれなくてもいいから、何度も歌ってくれ。いつもそんなつもり。
そんでもって、二度と歌ってくれなくていいから、あなたの歌を歌ってくれ。

そういう歌が聴けたら嬉しくなっちゃうよね。
俺も歌うからさ。

人類の意識と記憶のデータベースに揺蕩う、陳腐な暗号として漂えたら嬉しいな〜〜〜〜〜!!!!って思いながらいつも新しい歌作りたいな〜って待ちわびてるんだよね。

なんかくそ長くなっちゃって、最後まで読んでくれる人がいたら、厄介ごとに付き合わせてごめん、そしてめっちゃありがとうっていう気持ち。

最後に、うめざわしゅんのLマークはまだパクれていないけれども、いつもこんな気持ちで生きているから、下記の文言が俺なりの作品の権利に対するスタンスです。みんなに歌ってもらいたい、ってことよりも、みんなで一緒に歌えるのって最高に幸せだなって思うんよね。

転載・改変・本歌取り・盗作はご自由にどうぞ。
 二次創作やオマージュ作品を発表される際にはご恵投くださると光栄です。
 © 1986-20XX Takuma Harada. All Rights Renounced.

ありがとう

太陽系第三惑星在日宇宙人 原田卓馬

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